中村一義の思い出


ある日、同じサークルに、女の子が入ってきた。
その子は、それはそれはとてもとてもとてもかわいらしい子だった。


彼女と言葉を交わすたび、出てくる単語があった。
中村一義」。
僕は一人のマンガ家を思い出していた。


うすた京介だった。
少年ジャンプの巻末目次欄で、あるいは単行本の中で、うすた京介はたびたび中村一義をほめていた。
その頻度は年に1回ほどで、決して多くはなかったが、僕の心にはずっと引っかかりを残していた。
うすた京介中村一義を知った僕は、その存在を、以来ずっと気にとめていた。
彼女に出会うより何年も前のことである。


数ヵ月後、彼女が言った。
中村一義のライブがあるんやけど、誰かいっしょに行ってくれんかな」
僕はきこえないふりをし、自転車を駆った。
行き先はTSUTAYAで、目指すは邦楽の「な」の棚だった。
着くとすぐに、中村一義のCDをすべて借りた。
幸いにもその日、TSUTAYAは半額だった。


サークルの溜まり場へ戻ると、手にした青いナイロン袋の中身をすべて机の上にあけた。
「これ、どれから聴くのがいい?」
彼女は一瞬とまどった。
「おまえがあんまりにもいいって言うんで、そこまで言うならよっぽどだと思って。今日半額だったし。」
なんという説明的なセリフだろう。半額だなんて取ってつけたようなわざとらしさ。
居合わせたメンバーの冷ややかな視線が僕を刺す。
でも、その夜、ライブを知らせるメールが届いた。


ライブの日まで、中村一義の話をした。
僕は雑誌を買った。
図書館の雑誌コーナーにも通った。
インターネットも頼った。
古本屋で、インタビューやレビューが載っている音楽雑誌のバックナンバーを買いあさった。
勉強に熱中したのは久しぶりだった。
彼女に惚れているのだと気がついた。




ライブは楽しかった。
帰り道、僕は彼女を観覧車へ誘った。
ひどく嫌がった。
強引にチケットを買い、渡した。
お互いに、観念した。お互いに。




「付き合ってる人がおって。遠恋(遠距離恋愛)なんやけど」



それ以前とそれ以後、勉強するときでもブログを書くときでもマンガを読んでいるときでもなんでも、ラジオ以外は、相変わらず中村一義を聴いている。
そのたびに、僕は心から中村一義が好きだったんだと安心した。
彼女に近づくための道具ではなかったのだと。



先日、中村一義を聴いているまさにそのときだった。
愛用のコンポが寿命を迎えた。
僕は中村一義のミュージックビデオをかけることにした。
MDは、まだ入ったままだ。




中村一義さん、33歳のお誕生日おめでとうございます。
大切な思い出をよみがえらせてもらいました。
これからも応援しています。