佐藤雅彦・竹中平蔵『経済ってそういうことだったのか会議』感想

【そういうことだったのか経済って!!】


名著に出会ってしまった。


本書は、メディアクリエイター・佐藤雅彦と、経済学者・竹中平蔵との対談集である。対談というよりは、佐藤の質問に竹中が答えを提示していき、それに佐藤がさらに疑問を投げかけていくというスタイルである(それを対談というのか?)。佐藤雅彦の肩書はメディアクリエイターとなっているが、具体的には日本CM史に残る名CMを手掛けてみたり、だんご3兄弟のブームを巻き起こしてみたり、『ピタゴラスイッチ』を企画したり、慶応大学SFCで教鞭をとってみたりという、まぁ要するに才能の塊のような人でありますな。竹中は、小泉内閣で大臣を務めたことで有名で、当時は民間からの登用ということでかなり話題になった。バリバリの経済学者である。


経済の素人である佐藤が、経済のプロである竹中に質問をぶつけていくという構図。ただ、素人といっても佐藤は長年日本を代表するような企業との付き合いがあったり、ときには日本を動かすようなことまでしている人なので、かなりカンのいいことを聞いていく。ズバズバと本質に切り込んでいくのである。コミュニケーションのプロなんで、ことばはシンプルでムダがない。深い洞察力と豊かな想像力に裏打ちされてもいる。竹中は竹中で、答えにくい質問にも逃げずにできるだけわかりやすく説明することに努めている。


これは社会学系の人間には必読の1冊でしょう。高校生のときに読んでおくべきだった。現在そのぐらいの年代の人はぜひ読んでみましょう。社会人でも、「今さら聞けないこと」のオンパレードですんで、ぜひ一読を。佐藤さんがしているように、日経新聞を読むときに手の届くところにおいておいて辞典のようにして活用するのもありだと思います。


この本の中で僕が一番ぶったまげたのが「税金の話」。とかくやり玉に挙げられがちな消費税を、こんなにきちんと正面きって肯定しているのは、もしかしたら初めて見たかもしれない(見たことあったとしても、「せいぜい諸外国はもっと消費税が高いし、これから財源が必要だから」ぐらいのもん、僕の勉強不足だと思うけど)。所得税よりも消費税の方がよっぽど公平だという話も盲点でした。まったく逆の認識だったんで。所得税には働く人のやる気をなくさせる可能性があるなんてこと考えもしなかったですし。まぁひとつ注意しとかなきゃいけないのは、二人ともかなり所得がある方で、税金を多く取られる側の人だということですよね。その辺が本当に消費税で苦しんでる人の認識とは違うかもしれない。ワーキングプアの人が現在納めている所得税が減額されるのと、消費税があがるのとでは、たぶん消費税の方が額が大きいんじゃないだろうか。


ともあれ、二人のやりとりの記録である400ページあまりのこの小さな文庫本の中に、ものすごい量の名言の数々がこれでもかというぐらい収められている。これはすごい本を見つけてしまったなぁ。
ブルツと震えた箇所はありすぎて困るのだが、その中から特にすばらしいと思ったものを紹介しましょう(ちょっと量が多いので隠しておきます)。




●税金の話

佐藤 働くのが嫌になる税金のシステムというのは、すごくつまらないですよね。一生懸命、やればやっただけとられてしまう。(中略)今の日本の税制に注文をすると、勤労意欲を失わせるような税のシステムだけはやめてほしいんです。共同体の中で、一人ひとりが思いきり働けるような税金システム、それがやっぱり皆が幸せになれる一つの経済学の答えじゃないかなと思うんですね。(p.83)

佐藤 消費税が日本に導入されたときはこれで不公平税制が少しは緩和されると思って嬉しかったんですけど……。
竹中 佐藤さんは税金を所得ではなくて、消費にかける方がいいと思われたわけですね。どうしてそう思われたんですか。
佐藤 単純に贅沢をした人からお金をとればいいんじゃないかという意識があるんですよ。おいしいものを食べたとか、お酒を飲んだとか、娯楽をしたとか、別荘を買ったとか、そういう余力のある人には余分なお金があるわけですから、お金とれるんじゃないかというのがあるんです、自分には。もっと質素つつましやかに生きてる人からは税金をとらなくていい、そういうふうに思ったからなんです。(p.94)

竹中 所得ってやっぱり把握しにくいんです。国が、この人いくら儲けたかというのを完全に把握することは不可能です。
例はあまりよくないかもしれませんけど、ソープ嬢がどのくらい所得を稼いでいるかって現実的にはわからないわけです。つまり彼女たちというのは、建て前上それほど稼いでないことになっている。でも彼女、お金使いますから、お金使ったらわかるんですよ。消費の方がわかりやすいんです。そういうこともあって各国は消費税の方に行くんですね。(PP.95-96)

竹中 所得を稼ぐということは、基本的には価値を生み出しているんだからよいことには違いない。(中略)よいことをしているときにそこからお金をとるよりも、(中略)楽しんだときにとる、つまり消費したときの方が、何となく払う方も納得しやすいだろうと。(pp.96-97)

竹中 一方に対しては、いくら働いても税金をとられるということでやる気をなくさせる。もう一方に対しては、そんなに働かなくても食べていけるということで、まじめにやる気をなくさせると。だから、政府がお金を税金としてとって、その所得を再分配するような社会の機能が大きくなりすぎると、その国はダメになると。(p.100)

アメリカ経済

竹中 要するにアメリカとう国は、国家と国家の交渉というものにとても慣れているんです。なぜかというと、州がそれぞれの憲法を持っていますから、州と州の間で、日米間に見られるようなトラブルなんか、しょっちゅうあったわけです。(中略)アメリカは国内政治の中にすでに外交の要素が入っていて、(後略)(p.130)


●起業とビジネス

佐藤 なぜ髭剃りを手放さないかと言うと、ジレット筆頭株主アメリカの有名な投資家ウォーレン・バフェットという人が、言ってるんですよ。「寝る前に、今この瞬間にも人々の髭が伸びてると想像すると、安眠できるって(笑)。髭は何があっても伸びますからね。髭剃りビジネスは人が増え続ける限り永遠だと。何か素晴らしいですね、このイメージングが。(p.299)

佐藤 やはり多国籍企業ネスレの会長も、日経の記事を読むと、すごいことをイメージして商売のネタを思いつきます。あるとき、「人間は水を飲む」っていう、とんでもない法則を(笑)発見するわけです。(p.317)

佐藤 この会長(引用者注:ジレット会長のこと)にはビジネスの取捨選択には四つの基準があるらしいんです。(中略)一つが「既存の事業より高成長が期待できる」ということ。(中略)あと「可能性としてシェア世界一位になれる」ということ。要するに一位じゃなくても、一位になれる可能性。つまり一位のものは買わないわけですね。「一位になれる可能性のものが楽しい」っていうことですよね。あと「国によって作り替える必要がない」ということ。電池とか。これはもう世界をイメージしてるわけですよね。
竹中 規格性ですね。
佐藤 ええ。あと、これは普通かもしれないけど「技術開発で製品を高度化できる」っていうこと。百円ライターは、もう行くところまで行ってるわけですよ、技術的にも価格的にも。(中略)もう炎というものを高度化できないと判断するわけです。(pp.300-301)

このジレットの話は興味深い。この四つの基準、僕の就活時の企業選びと重なる部分があって。「1位になれる可能性がある、それがあることが楽しい」というのなんかまさにそう。こうやって整理されるとすっと入ってきますね。それと、「鬚が伸びる」っていうのと「水を飲む」ってのは大法則です。とくに水の方は、近々、今でいう石油のような存在になって、水源持ってるところが力を持ち始めて、ひょっとすると「水戦争」が起きるなんてことも言われてますから、優秀な人は先を見ているし見えているなぁと感じました。

佐藤 カネボウ資生堂の牛耳っている化粧品業界に参入したときの戦略は見事でしたね。資生堂がたとえば10だとすると、当時のカネボウは1ぐらいの売り上げしかなかったんですけれど、資生堂が春のキャンペーンで口紅やると、カネボウも負けじと口紅やるんですよ。秋にアイシャドウやると、カネボウもアイシャドウやるんです。そうすると一般の人には、10対10の会社に見えてしまうんです、10対1の売り上げしかないとは思わないんです。そして、その売上もだんだん、少なくとも10対3とか4とかになるんです。(p.306)

佐藤 カネボウがその後、落ち着いちゃったのは、その喧嘩ができない中途半端な大きさになったからじゃないでしょうか。(p.308)

佐藤 たとえば「任天堂ファミコンが、なぜここまでヒットしたか」っていうと、あれ、僕はテレビが各家庭にあったからだと思うんです。僕、それ「コバンザメの法則」って呼んでるんですけど。もし巨大な市場のものがあったら、それに付随するものっていうのは、最低限大ヒットするんですよ。携帯電話がこんなになったから、携帯ストラップのようなモノでも大きな市場になるんですよ。(p.314)


●競争か共存か

竹中 ある経営者と話していたら、大変おもしろいジョークを教えてくれたんです。タイタニック号のジョークなんですけど、タイタニック号がいよいよ沈みそうになったときにですね。女性と子供を先に逃がそうということで、船長が男性の乗客を説得して回るんですね。最初にイギリス人のところに行きまして、こう言うんです。「あなた方はジェントルマンなんだから、女性と子供に先を譲りなさい」。イギリス人は納得してそうするんです。それから、アメリカ人のところに行って、「あなた方は、ヒーローになりたくはないか」と。「ヒーローになりたいなら女性と子供に譲りなさい」。それからドイツ人のところに行ってこう言うんですね。「これはルールなんだから、守らなくてはいけない」。ドイツ人は守るわけです。それから日本人のところに行ってこう言うんですね。「みんながそうしてるんだから、あなたもそうしなさい」(笑)。(pp.377-378)


ここに書いてあることはごく一部です。僕の表現力で消化できていないすばらしさがここにあります。ぜひ自分で手にとって、そして打ちのめされてみてください。